宮崎サッカー協会が設立されたきっかけは、戦後の国のスポーツの復興の一つとして行われた国民体育大会が九州で開催されたことです。1948年、第3回国民体育大会が福岡で開催されることになり、九州各県の代表者会議で協会設立が協議されました。やはり、地元開催ということで、これを機会に戦後の復興、地域活性に繋げようと考えたのです。
当時は、サッカーは関東と関西の二つの組織で運営され、九州は関西組織下にありました。国民体育大会を機会に、九州が独立し、各県が協会を設立し、協力しながらも各県独自の方針、構想のもと、設立を目指しました。同年、宮崎県では県立高校のサッカー部が創設されたことが、宮崎県サッカー協会設立に大きな弾みとなりました。県立高校のサッカー部の生みの親である喜多氏がこの協会に大きな貢献をされ、「数を増やすには、強いチームと作るべし」と考え、陣頭指揮をとり、熱心に指導に当たりました。その尽力のお陰があり、宮崎県サッカー協会は、1948年、設立されました。